千葉地方裁判所佐倉支部 昭和57年(ヨ)21号 決定 1982年4月28日
申請人 黒川博己
<ほか六名>
右申請人ら訴訟代理人弁護士 安原幸彦
同 塚原英治
同 小池通雄
同 高橋勲
同 藤野善夫
被申請人 パン・アメリカン・ウォールド・エアウエイズ・インコーポレーテッド
右訴訟代理人弁護士 福井富男
同 島田真琴
主文
被申請人が申請人ら各自に対しそれぞれ昭和五七年四月一日付文書をもってなした解雇予告の効力を、いずれも停止する。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
一 申請人らは主文1項同旨の裁判を求め、被申請人らは申請却下の裁判を求めたところ、以下の基本的事実関係については当事者間に概ね争いがない。即ち、
1 被申請人は、民間定期航空運輸事業を目的とするアメリカ法人であり、日本においては千葉県成田市成田空港その他に営業所を有し、申請人らを含め約五〇〇名の従業員を雇傭している。
2 申請人黒川(昭和四五年入社、三四才)、同小川(同年入社、三三才)及び同高見(昭和四一年入社、三七才)の三名は成田空港近くの営繕課職員であり、申請人唐沢(昭和三一年入社、五九才)、同高橋(昭和三〇年入社、五二才)、同秋元(昭和三六年入社、五〇才)及び同大仲(昭和四四年入社、三二才)の四名は有楽町支社内の通信課職員である。
3 国際航空業界は、近年深刻な経営困難に直面しており、被申請人も例外でなく、厳しい経営合理化に迫られており、ニューヨークの本社ビル(パンナムビル)の売却をはじめとして全世界的に種々の経営合理化に着手している。
4 被申請人は、日本支社につき、社員五六名の人員整理、賃金の減額、部門間における社員の横断的使用、有給休暇の削減等一一項目の合理化大綱を策定し、これを昭和五七年二月一六日パンアメリカン航空労働組合(組合員数三二三名、申請人らはその組合員)に提示し、さらに同月二四日本件に直接関わる営繕課及び通信課の閉鎖を含むより具体的内容を明らかにした。
5 右につき、会社と組合間に殆んど全く実りのない交渉ないし応酬があった後、同年三月二五日会社提案に応じないかぎり本件解雇予告を実行することが通告された。
6 かくして、本件は会社の右合理化大綱の最初の実現化として位置づけられるところ、会社の主眼は、申請人らの解雇自体にはなく、営繕課及び通信課の閉鎖に伴い、申請人高見についてはケータリング(機内食)部門へ、その余の六名については空港貨物部門へ転任させ、これらの従業員を横断的に使用する点にある。しかるに、就業規則上右転任については各申請人の同意が必要とされるところから、右転任に応じなければ解雇するというものである。もとより組合は、このような転任ないし解雇は未だ到底納得しえない旨応答した。
7 そこで、主文1項の各解雇予告がなされ、同年四月一日ないし二日には各申請人らに到達した。
因みに、この意思表示は、到達の日から三〇日の経過をもって効力が生じるという期限付の解雇であるところ、被申請人の主張によれば、右四月一日各申請人らに対し前記各転任の申し入れが口頭でなされており、これにつき申請人らが承諾すれば右解雇の効力は生じないという解除条件付のものである由であるところ、申請人らによれば右の如き明確な転任申し入れがあったとは認識しておらず、ひいて右解除条件が付されているとも認識していない由である。
二 よって、当事者双方審尋の結果及び一件資料に照らし本件解雇予告の効力について検討する。
1 被申請人が経営合理化を企図し、従業員の横断的使用を画策すること自体は、もとより何ら非難すべき余地がない。
2 しかし、被申請人は営繕課及び通信課の「閉鎖」というけれども、右両課で従前処理していた職務自体を廃止するというのではなく、他の部門を活用してこれに充てるというにとどまるのであり、ひいて、そのためには他の部門における一定の増員ないし臨時雇傭等が必要であって、未だそのような手当ないし体制の充実がないまま、「閉鎖」を過大に強調固定化して転任を強い、転任に応じなければ解雇というのは、それ自体拙速に過ぎ、社会的相当性を欠くという他ない。
3 しかも、就業規則上右転任については申請人らの同意を要するところ、転任に応じなければ解雇(ないし転任に応じることが解雇の解除条件)というのは、右就業規則の趣旨を逆用したとの非難を免れず、不当であり許されない。
4 被申請人が経営困難に陥り、合理化を迫られていること自体は容易に理解できるけれども、日本支社において、合理化大綱を示し、営繕課等の閉鎖を提案した後、僅か一ヵ月余の間に本件解雇をしたことが真にやむを得なかったものであると認めるべき格別の具体的事情は見出されない。即ち、前記のとおり主眼が申請人らの転任にあるならば、その同意を得べくなお説得交渉に努めるべきであって、被申請人にそのような時間的余裕が全くなかったとは認め難い。けだし、再述すれば、申請人らが従事している職務自体は今後とも会社に必要なものであって、その勤務体制からして必要な人員をもって遂行されており、現体制を前提とするかぎり格別の余剰人員がある訳でないのであるから、その職務自体を今後不要のものとするならば論外として、単に横断的により効率化を計るというのであれば、前記就業規則に照らしても、相当期間の説得を要するというべきである。なお、相当の説得をつくしても、なお応じない場合如何については、論じない。
三 以上の次第で、その余の点(労働協約、貨物部門に転任した場合の職業安定法の問題等)について論じるまでもなく、本件解雇の予告は解雇権を濫用した無効のものと認められるところ、仮処分をもってその効力を停止しておくべき必要性がある(解雇の有効を前提として本案判決までの間に諸措置が採られると、申請人らに回復困難な損害が生じる)ことも明白であるから、主文のとおり決定する。
(裁判官 伊藤剛)
<以下省略>